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福岡地方裁判所 平成元年(行ウ)19号 判決 1992年2月20日

原告 道永顕

被告 西福岡税務署長

訴訟代理人 糸山隆 坂井正生 ほか四名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が昭和六二年七月七日付けでした原告の昭和五九年分、昭和六〇年分、昭和六一年分の所得税の各更正のうち、

一  昭和五九年分につき、総所得金額五七八一万九四四〇円、納付すべき税額一九〇四万八七〇〇円をそれぞれ超える部分

二  昭和六〇年分につき、総所得金額五二二七万〇八四六円、納付すべき税額一二八七万六九〇〇円をそれぞれ超える部分

三  昭和六一年分につき、総所得金額二一六七万七二九四円を超える部分及び納付すべき税額三六三万七六〇〇円並びに被告が同日付けでした原告に対する右各年分の過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告の昭和五九年分ないし同六一年分の所得税の青色確定申告に対し、被告が、原告において必要経費の一部として計上した同族会社に対する支払委託料につき、その支払は所得税法一五七条に規定する「同族会社の行為計算」に当たるとして、これを否認し、被告において算定した委託料額に基づき、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしたため、それを原告が争っている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、医師であり、道永病院を開業しているものである。

2  株式会社堂栄(以下「堂栄」という。)は、昭和五二年四月二九日に資本金五〇〇万円で設立された法人税法二条一〇号に規定する同族会社であり、同六二年三月三〇日に解散するまで、主として原告から委託を受けて道永病院の建物管理・給食管理・事務管理の業務を行う法人であった。堂栄の主たる株主は、原告及び原告の妻道永妙子(以下「妙子」という。)であり、また、堂栄は、堂栄の代表取締役である妙子に対し、昭和五九年から同六一年まで各年三六〇万円を役員報酬として支払っていた。

3  本件に関する各年度分の税額確定手続等の経緯、申告(修正)、更正及び過少申告加算税の賦課決定処分にかかる金額等については、別表一ないし三に各記載のとおりである。

4  総所得金額の計算根基について

係争各年分の総所得(事業所得)金額の計算根基に関する原告の各決算額及び被告主張額は、別表四のとおりである。同表のとおり、原被告間で争いがあるのは同表「ニ 委託料」の項目及びそれに基づいて計算された項目(同表ヘ、ト、ル、ワ)のみであり、委託料に関連しない項目の金額については当事者間に争いはない。

原告主張の委託料(以下「本件委託料」という。)は、全額原告が堂栄と締結した道永病院の建物、給食及び事務の管理委託契約(以下「本件委託契約」という。)に基づき、堂栄に対して支払われたものであり、その額は、同表四の<2>、<5>及び<8>の各欄に記載のとおりである。

本件委託契約によれば、本件委託料の額は、<1>建物管理の対価として月額二〇万円(定額)、<2>給食管理の対価として月額一五〇万円(定額)、<3>事務管理の対価として、道永病院の収入金額の一〇パーセントに相当する額とそれぞれ定められていた。

二  争点

原告が、同族会社たる堂栄に対して支払った本件委託料が、原告の係争各年分の「所得税を不当に減少させる結果となると認められる」かどうか。

1  所得税法一五七条の適用に当たって、同族会社の法人税額及び同社の役員報酬に対する所得税額をも斟酌する必要があるか。

(被告の主張)

所得税法一五七条の適用を肯定するには、その条文上、納税居住者(原告)の所得税の負担を不当に減少させる結果となることだけで十分であり、当該同族会社の法人税等までを斟酌した全体としての税負担を不当に減少させる結果となっていることまでを必要としない。

(原告の主張)

原告の所得と同族会社(堂栄)の利益及び同社役員(妙子)の所得は、その発生の根拠を異にするものであるが、所得税法一五七条が適用されることによって、その実質において同族会社の利益及び同社役員の所得は原告の所得に転換されて、結局は原告の所得を構成するに至るのであり、同条はそもそも発生根拠を異にする少数株主と同族会社との間の行為計算を否認する例外規定であって、同条の立法趣旨が租税負担の公平である以上、原告が否認される取引形態を選択しない場合に比し、より高額の税負担を強制されるべき根拠は存在しない。したがって、所得税法一五七条の適用に当たっては、同族会社の法人税及び同社役員の所得税までをも考慮して、全体としての税負担が不当に減少させる結果となっているかどうかによって判断すべきである。

2  本件における適正委託料の額(及び右適正委託料を前提とした場合に原告の所得税を「不当に減少させる結果」となっているといえるか。)

(一) 本件における適正委託料の算定方法において経費実額方式によることの適否

(被告の主張)

(1) 所得税法一五七条を適用する場合には、同族会社の行為又は計算に基づいて算出された額を通常あるべき行為又は計算に引き直し、税額を算定することになる。

「通常あるべき行為又は計算」とは、通常の経済人であれば、同様の条件の下で同様の計画を得るために選択すると思われる最も経済的、合理的な行為又は計算をいうところ、本件の場合、原告は、堂栄が負担している建物管理に関する外注費用(建物管理費)、給食材料費(給食管理費)及び病院の事務管理に関する従業員の給料、法定福利費(事務管理に関する人件費)を負担すれば、堂栄が提供する役務と同様の役務の提供を受けることができるから、本件の場合の「通常あるべき行為又は計算」とは、原告が自らの計算と責任において本件委託契約と同様の業務を直接行った場合をいうことになる。

よって、本件における適正委託料の額とは、それに要する経費の額であり、その額は別表四の<1>、<4>及び<7>の各欄に記載のとおりで、その内訳は別表五のとおりである。

(2) したがって、別表四の項目のうち争いのない項目と右適正委託料額を計算根基として、経費実額方式によって、原告の総所得金額、課税総所得金額、納付すべき税額を計算すると別表六のとおりとなる。

(3) 原告の申告にかかる本件委託料の額に基づいて算出された納付すべき税額と、右の適正委託料に基づいて引き直して算定された納付すべき税額とを比較すると、その差額は、昭和五九年分一二一八万四二〇〇円、昭和六〇年分一〇三〇万三一〇〇円、昭和六一年分七四四万三六七二円となり、両者に著しいかい離があることは明白である。

よって、原告が堂栄に対して高額な本件委託料の額を支払うことにより、原告の所得税を不当に減少させる結果となっており、原告の行為又は計算について、所得税法一五七条を適用したことは適法である。

(原告の主張)

原告が、原告とは別人格である管理会社に対し病院管理を委託し、管理会社として受託業務を遂行させる以上、例え管理会社が同族会社であったとしても、管理会社がその業務遂行に必要な経費以上の収益分を含めた管理料を受領するのは当然であり、原告がそのような管理料を支払うこともまた当然である。したがって、会社の利益を考慮せず、経費だけを委託料として算定する経費実額方式では適正委託料は算定できない。

(二) 本件における適正委託料の算定方法において同業者比準方式(個別受託同業者倍率方式)によることの適否

(被告の主張)

(1) 同業者比準方式とは、「通常あるべき行為又は計算」を本件と同様の業務を同族関係にない者に委託し、もしくは、同族関係にない者から受託したとして委託料を算定するものである。しかし、右方式は、いわば推計による算定であるから、その前提として推計の基礎となる委託同業者あるいは受託同業者が現実に存在していることが不可欠であるが、業務によっては同業者が存在しない場合もあり、実際、本件においては堂栄の業務に比準すべき同業者が見当たらない。よって、堂栄の業務の実態に着目して、「通常あるべき行為又は計算」を堂栄の行っている業務を業務態別に区別区分し、それぞれの業態のみを個別に受託している同業者が、その者と同族関係にない顧客から当該業務の対価として受け取った手数料の額とその原価相当額との割合に比準させる方法により、個々の受託業務ごとに正常な委託料を算出し、これを積算して総体としての適正委託料の額を算定する(個別受託同業者倍率方式)のが相当である。

(2) 堂栄の業務の実態は、<1>建物管理、<2>給食管理、<3>事務管理、の各受託業務に分けられ、<1>、<2>は取次業<3>は人材派遣業として、同業者と比準し、それに基づいて正常な委託料を算定することになる。

ア 取次手数料割合

取次手数料割合(取次手数料収入の取引金額に対する割合)については、原告の納税地の近隣納税地である福岡、博多各税務署管内から係争各年分において、一定の抽出基準を設定し(後記第三の二、3参照)、これに該当する者を抽出した。その結果は、別表七のとおりであり、取次手数料割合は、係争各年分いずれも一〇パーセントであった。

イ 人材派遣倍率

人材派遣倍率(受託収入の人件費に対する割合)についても、原告の納税地の近隣納税地である博多、小倉、長崎税務署管内から係争各年分において、アとほぼ同様の各抽出基準を設定し(後記第三の二、3参照)、これに該当する者を抽出した。その結果は、別表八のとおりであり、人材派遣倍率は、昭和五九年分が一・二一倍、昭和六〇年分が一・一八倍、昭和六一年分が一・一六倍であった。

(3) 係争各年度において、堂栄が実際に支出した建物管理費、給食材料費及び給料等事務管理費の各金額は別表九の<1>ないし<3>欄の各倍率を乗じる前の数値であり(ただし、<3>欄は上段の数値である)、これを基礎に右個別受託同業者倍率方式を用いた場合の適正委託料の額を算出すると同表<4>欄末尾各上段に記載の各金額となる。

したがって、右方式によると原告が納付すべき税額は、別表一〇のとおりの計算根基によって、同表<6>欄記載の各金額となる。

以上より、本件委託料の額に基づいて算出された納付すべき税額と適正委託料に基づいて引き直して算定された納付すべき税額とを比較すると、両者に著しいかい離があることは明白である。よって、原告が堂栄に対して高額な本件委託料の額を支払うことにより、原告の所得税を不当に減少させる結果となっており、原告の行為又は計算について、所得税法一五七条を適用したことは適法である。

(原告の主張)

堂栄の業務には、堂栄固有の伝票・帳簿の整理等堂栄固有の業務が存在すること、建物管理業務は、工事の外注だけでなく、点検や簡単な修理等営繕の仕事は堂栄の従業員がしていたこと、給食管理についても、材料費の支払は堂栄自らの計算でしていたこと、事務管理についても、その義務の大半を固定した仕事場(原告病院)で専ら行うという作業形態であったことなどからすると、堂栄の業務を単なる取次業と人材派遣業とに単純に分割できるものではない。

また、被告の収集した資料については信用性に疑問がある。さらに、人材派遣倍率については、派遣業種、派遣期間、派遣者数、雇用・委託している者の総数、不稼働期間の存否等の諸要素によって異なるはずであるから、右諸点の分析検討を経ない倍率は採用し得ないものである。

第三争点に対する判断

一  争点1(所得税法一五七条を適用するに当たって、同族会社の法人税額及び同社の役員の報酬に対する所得税額を斟酌する必要があるか。)について

1  所得税法一五七条は、同族会社が少数の株主ないし社員によって支配されているため、当該会社又はその関係者の税負担を不当に減少させるような行為や計算が行われやすいことに鑑み、税負担の公平を維持するため、そのような行為や計算が行われた場合にそれを正常な行為や計算に引き直して更正又は決定を行う権限を税務署長に認めるものである。したがって、あくまで租税負担の公平を図るのが目的であって、租税負担を回避しようとした者に通常以上の税を負担させるといったような制裁的な目的はない。

2  しかし、個人と法人とは適用される税法を異にし、それぞれ全く別の課税主体として規定されていること、同条が「不当に減少させる結果」となるかどうかを問題としているのは、当該行為計算と直接関係のある当該同族関係者の所得税だけであると考えるのが同条の文理上自然な解釈であることから、同条の適用に当たっては個人と法人を通じた総合的税負担の減少を考える必要はなく、所得税の課税主体(個人)を単位とした税負担の減少の結果を考えれば足りるものと解される。

3  また、妙子の所得税についても、そもそも、原告と妙子とは、所得税法上別個の納税主体であること、妙子の所得は、堂栄に対する代表取締役としての役務の提供の対価として支給される役員報酬にかかるものであり、仮に原告が堂栄に支払った委託料が、右役員報酬の原資の一部に充てられているという関係があったとしても、原告の事業所得とはあくまで所得の発生根拠を異にすることから、同条の適用に当たり、妙子の所得税を斟酌する必要はないことは当然である。仮に原告主張のような見解を採ると、どういう範囲で他の納税主体の税額を斟酌すればよいのか極めて不明確であり、課税の公平、安定性を害するおそれすらある。

4  さらに、現実に支払われた委託料と通常支払われるべき委託料との差額は、本来支払う必要がなかったというべきものであり、原告の所得となってしかるべきものであったところ、現在の関係者の所得状況は、右差額が原告の所得となった後に原告がその額を堂栄及び妙子に処分した場合といわば同様の状況であって、その場合の課税関係と対比して考えるならば、より高額の税負担を強制されるとか、不当な二重課税であるとする批判は必ずしも当たらないというべきであろう。

5  したがって、堂栄の法人税額及び妙子の所得税額を斟酌する必要はないと考えられるから、以下、原告の所得税の負担が不当に減少させる結果となっているのかどうかについて検討する。

二  争点2(適正委託料の額)について

1  適正委託料についての判断基準

同族会社の行為又は計算が「所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」かどうかは、専ら経済的、実質的見地において、当該行為又は計算が通常の経済人の行為として不合理、不自然なものと認められるかどうかを基準として判断すべきである。

そして、本件委託料が、所得税法一五七条に基づく行為計算の否認の対象となるか否かを判断するためには、また、否認すべきものとした場合における適正な委託料を計算するためには、堂栄と業務内容、事業規模、収入金額等の近似する同業者(以下「受託同業者」という。)が、その者と同族関係にない者から、同様の条件の下で、その業務の管理を受託している場合に、受託同業者が委託者から受け取った委託料の額とその原価相当額との割合に比準させる方式によって、正常な委託料を算定するのが最も合理的な方法であり、相当であるものと解する。

本件においては、原告が病院経営に当たり、医療行為以外の業務部分を原告とは法人格を異にする第三者に委託するという方式を選択した場合における通常の管理料の額が問題となっているのであるから、原告が自ら当該管理行為をした場合に通常要する経費の額ではなく、これを第三者に委託した場合に通常支払われる管理料の額が適正な委託料であるというべきであり、適正委託料の算定方法について被告主張の経費実額方式によることは相当でない。

したがって、適正委託料の算定方法としては、同業者比準方式によるのが相当と思料する。

2  堂栄の業務の実態について

(一) 証拠(甲一ないし三、証人青木、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 堂栄は、原告にのみ役務を提供することを目的として設立された法人であり、その業務は主として、建物管理、給食管理、病院の事務管理であり、その対価額は原告と懇意であった青木邦彦税理士の助言により決定されている。堂栄が、昭和五九年から同六一年にかけて実際に原告から委託を受けていた業務は、主として、<1>建物の管理について外部の専門業者に発注し、建物管理費用を支払うという建物管理受託業務、<2>給食材料を外部の納入業者に発注し、給食材料費を支払うという給食管理受託業務、<3>従業員を道永病院に派遣して事務管理の受託業務に従事させるという事務管理受託業務である。

(2) <1>については、原告から堂栄に年二四〇万円の委託料が支払われた。昭和五八年までは建物管理に関する対価は全く支払われていなかったが、エレベーターの保守管理、修理等で専門業者に対して実際に費用が支出されていたので、その対価が支払われていないというのでは不自然だということで支払うことにしたものである。また、右に関する費用として、堂栄は、実際には、受注業者に対する建物管理費用以外は負担していない。

<2>については、原告から堂栄に対して年一八〇〇万円の委託料が支払われているが、堂栄は、給食材料を仕入れ価格と同額で病院へ納入しており、納入価格に利益分を上乗せしておらず、給食材料費以外は何ら支出していない。

<3>についても、原告から堂栄に毎年原告の病院収入の一〇パーセントが委託料として支払われているが、堂栄は必要な費用として当該従業員の人件費(給料及び法定福利費)以外は負担していない。

(二) 右認定事実から、堂栄の実質的な業務内容は、建物管理及び給食管理の取次並びに事務管理の人材派遣であること、本件委託料は、堂栄にとっての必要経費等から一定の利益率を加算して決定されたものではなく、専ら青木税理士の助言によって決定されていることが認められる。

3  個別受託同業者倍率比準方式について

右に述べたように、堂栄の業務内容の実質は、<1>建物管理、<2>給食管理、<3>事務管理である。

前記のとおり、同業者比準方式により、適正な委託料を算定する場合、原則として、業種、業態、規模等が原告と類似する同業者を選定する必要があることはいうまでもない。しかし、現実には堂栄のような業務を一括して受託している適切な比準同業者は稀であり、実際、被告の調査した福岡、博多税務署管内には存在しなかったことが認められる(証人諸岡)。そうすると、このような場合には、次善の方策として、堂栄の業務実態に着目し、建物管理、給食管理の各取次業及び人材派遣業を営んでいる者について、それらの業務を個別に受託している同業者(以下「個別受託同業者」という。)が、その者と同族関係にない委託者から当該業務の対価として受け取った手数料の額とその原価相当額との割合に比準させる方法により、個々の委託業務ごとに正常な委託料を算出し、これを積算して総体としての適正委託料の額を算定するという個別受託同業者倍率比準方式に依らざるを得ない。

ここで一応、個別受託同業者倍率比準方式の合理性が問題となるが、そもそも同業者比準方式も合理的な推計の一方法として用いられるものであって、業種、業態等が全く同一の業者が存在しなければ、同業者に比準して推計する方法はおよそ許されないというものではない。そして、一般的に、複合業態・総合業者の場合、その扱う業務のすべてにつき同一又は類似である同業者は得られないことが多いであろうが、その場合には、その要素となっている業務ごとに類似同業者に比準し、それを総合して全体としての所得額等を算出する方法を用いることも、要素となっている業務の分析、比準すべき同業者の選定抽出過程に特段の問題がない限り、合理的推計方法の一つとして、許されるべきであり、そういう方法を用いること自体が合理性を欠くということはできないであろう。また、このような場合、常に、比準すべき同業者が存在しないとして所得税法一五七条の適用ができないとするのでは税の適正、公平な負担という点において不当な結果が招来されるおそれが大きい。したがって、個別受託同業者倍率比準方式も、複合的業務内容の各要素を十分に反映しており、かつ、個別受託同業者の抽出経過において恣意が介在したとの疑いを容れる余地のない限り、合理的な算定方法であると解される。

本件における個別受託同業者の選定基準は、

<1> 係争各年分を通じてその者と同族関係にない者を取引対象としている取次業者及び人材派遣業者

<2> 収支計算による所得税青色申告決算書(一般用)を提出している者又は法人税の確定申告書を提出している者

<3> 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者

<4> 更正又は決定処分を受けている者については、当該処分につき国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間及び出訴期間が経過している者並びに当該処分に対して不服申立中及び訴訟中でない者

以上を選定するというものであり、信頼性を確保し、異常値を避ける上で一応の合理性を有するものであるし(乙八の二)、同業者選定過程等についても恣意が介在したとの合理的な疑いを入れる余地はないから(証人諸岡)、本件において被告が抽出した取次業者の取次手数料収入、取引金額、取次手数料割合及び抽出した人材派遣業者の受託収入、人件費、人材派遣倍率は、信頼性、正確性が高いものと認めることができる。

4  個別受託同業者倍率比準方式に対する原告の反論について

(一) 原告は、堂栄の業務内容には、堂栄固有の伝票・帳簿の整理、物品の販売、伝票の作成等堂栄固有の業務も存在することや、建物他の管理業務についても、これらを取次業と人材派遣業とに単純に分類することはできない旨主張する。

(1) しかし、まず、一般の取次業者、人材派遣業者においても、固有の業務として自らの伝票を作成・整理することは営業者として当然随伴する業務であり、被告が抽出した個別受託同業者の取次手数料収入、人材派遣業者の受託収入額は、これらの固有業務に要する経費を見越した上で各同業者が決定しているものと考えるのが自然であるから、本件で個別受託同業者倍率比準方式を採用するに当たり、堂栄固有の業務が存在することは何らその妨げとはならない。

しかも、本件では、堂栄の各業務ごとにそれぞれそのような要素を含んだ倍率を用いて算出した額を合算する方法を採っているところ、合算に当たり、固有業務分の重複加算を考慮した減額を行っているわけでもないから、原告の主張する堂栄の固有業務に関しては、十二分に委託料算定に反映されているとみることができ、原告にとって有利となることはあっても、不利な算出方法とは考え難い。

なお、物品の販売については、当該販売利益をもって経費をまかなうのが通常であり、堂栄が物品販売業務を行っていることを委託料算定に当たって考慮反映させるべき根拠は見出し難い。

(2) 次に、建物管理業務については、適正委託料を算定するに当たり、外注費を取次業務として算定したに過ぎず、一部池田強司(以下「池田」という。)が、建物の点検・簡単な修理などをしていたことは認められるが(原告本人)、その業務については、同人が堂栄から原告病院に人材派遣されて建物管理をしていたものと見ることができ、これは人材派遣業務と認められるのであるから問題はない。

(3) さらに、給食材料費については、これを堂栄が自己の計算で支払っていたことを認めるに足りる証拠は存在しないが、仮に堂栄が、自己の計算で右支払をしていたとしても、給食材料は、堂栄の利益分を上乗せすることなく、すべて仕入額と同額で原告病院へ納入されていることからすると、右業務につきその実態を取次業に準ずるものととらえることは不合理ではない。

(4) 以上によれば、堂栄の業務を取次業と人材派遣業とに分類した上で、個別受託同業者倍率比準方式を適用するという被告の主張は正当であり、原告の主張には理由がない。

(5) なお、有機的に関連している堂栄の各業務を取次業務と人材派遣業務とに分類し、個別受託同業者比準方式によって委託料を積算すると、本来一体的委託の場合と個別委託の場合との間で、性質上あり得べき適正委託料額の差異を考慮しないことになるのではないかという問題はあり得るが、仮に両者の間で差があり得るとし、個別委託の場合の通常の委託料額が一体的委託の場合の通常の委託料額よりも一般的に大きいとすると、この算定方法を用いることによって適正委託料額を過少に認定することにならないから、原告に有利な結果となり、その逆であるとすると、経済的合理性の観点からはむしろ個別委託による委託料額が通常適正な額ということになり、被告は、この個別委託方式によっているのであるから、いずれにしても、この問題を特に考慮すべき必要はない。

また、堂栄が、右算定した適正委託料を原告から収受するのみでは、正常な経費をまかない、かつ、適正な利益を確保することが困難であるとの事実が存在するとしても、それは、堂栄のように原告だけと専属関係を結ぶ同族会社は、元来、採算性のない会社であることを示すものにほかならず、堂栄に比準すべき同業者が存在しないことが、これを如実に物語っているものである。

(二) さらに、原告は、被告の採用した個別受託同業者倍率比準方式の比準倍率の資料収集過程が杜撰であり、特に取次手数料割合が、調査対象同業者すべてについて三年間にわたり、手数料割合が一律に一〇パーセントと固定されている点が信用できない旨主張する。

しかし、右資料の収集過程が杜撰であったことを認めるに足りる証拠は何ら存在しないし、また、右に述べたとおり、その抽出のための抽出基準は合理的なものであり、抽出の過程で恣意が存在したことを疑わせるものも何ら存在しないから(証人諸岡。なお、資料に恣意的な操作が加えられたとすれば、当該操作の結果、右各調査対象同業者の手数料割合がいずれも一律一〇パーセントという単純化された数値になっていることの方がむしろ自然である。)、右原告の主張には理由がない。

また、原告は、人材派遣倍率につき、派遣期間、派遣者数、雇用者数、委託者数、不稼働期間の存否等の諸要素によって異なると主張するが、本件では、類似同業者資料数のやむを得ない制約があること、右制約の下とはいえ、同業者の平均値をもって比準倍率を算出しているのであるから、通常ある程度の偏差はこれに吸収捨象されるものと解されることからすると、右平均値の適用を明らかに不合理とすべき原告の特殊事情が認められない以上、本件においては特に右の点を考慮する必要はないものと解される。

5  適正委託料の算定

したがって、個別受託同業者倍率比準方式により、抽出された個別受託同業者の手数料割合及び人材派遣倍率から、原告が通常であれば支払うであろう標準的な委託料の金額を算定する。

(一) 建物管理委託料の額

原告の係争各年分の建物管理委託料の額は、堂栄が外部の委託業者に支払った各年分の建物管理費用の額に個別受託同業者の取次手数料割合の平均値を乗じて算出でき、その金額は別表九の<1>欄に記載のとおりとなる。

(二) 給食管理委託料の額

原告の係争各年分の給食管理委託料の額は、堂栄が外部の納入業者に支払った各年分の給食材料費の額に個別受託同業者の取次手数料割合の平均値を乗じて算出でき、その金額は別表九の<2>欄に記載のとおりとなる。

(三) 事務管理委託料の額

(1) 原告の係争各年分の事務管理委託料の額は、堂栄が道永病院に派遣した従業員の各年分の人件費(給料及び法定福利費の合計額で、病院業務にかかる原価相当額に限る。)の合計額に、堂栄の個別受託同業者の派遣従業員の人件費(給料及び法定福利費の合計額)の額に対する人材派遣倍率の平均値を乗じて算出することになる。

(2) まず、堂栄が、同社の従業員に対して支払っていた給料は別表一一のとおりである。被告は、右表の従業員のうち、崎山貞子(以下「崎山」という。)及び池田は、堂栄固有の業務と病院業務の双方に従事していたとして、委託料の基礎となる同人からの給料及び法定福利費の固有業務への振り分けを、堂栄の各事業年度の損益計算書に表れた堂栄の経常的収入金額に占める受託料売上の割合に比準して算出している。

しかし、崎山は、病院建物とは離れた別棟の堂栄事務所で堂栄固有の事務をし、病院業務は一切していないことが認められるから(原告本人四六ないし五三項)、同人の給料は堂栄固有業務に対してのみ支払われたものであり、病院業務相当額には該当しないものである。また、池田については、その業務の具体的内容が証拠上明かでなく、また、被告主張の従事割合を係争各年分の堂栄の経常的収入金額に占める受託料の割合から算出する方法を池田についてのみ適用することにもその合理性に疑問があるので、ここでは、委託料額の算定に関し、原告に不利とならないように、池田はすべて病院業務に従事したものとし、同人の給料の全額を病院業務に関するものとして扱うこととする。

よって、崎山分を除外して、堂栄が道永病院に派遣した従業員の各年分の給料の合計は、別紙一一の合計欄記載のとおりとなる。

また、従業員の法定福利費についても、同様に崎山に対応する分を控除して合計すると、別紙一二の合計額欄記載のとおりとなる。

したがって、堂栄が道永病院に派遣した従業員の各年分の人件費の合計額(病院業務にかかる給料及び法定福利費の合計額)は、別表一三に記載のとおりの金額となる。

(3) 以上により、原告の係争各年分の事務管理委託料の額を、右病院業務にかかる各年分の原価相当額に個別受託同業者の人材派遣倍率の平均値を乗じて算出すると、別表九<3>の各下段で算出したとおりの金額となる。

(四) よって、原告の堂栄に対する適正委託料は、右の建物管理、給食管理、事務管理業務に対する各委託料の合計であり、別表九<4>の末尾下段に記載のとおりの金額となる。

6  当裁判所の判断する総所得金額及び納付すべき金額

(一) 総所得金額

以上より、原告の係争各年分の、個別受託同業者倍率比準方式による適正な委託料の額に基づく総所得金額は、別表一四の計算根基によって、同表総所得金額欄記載のとおりで、次の金額となる(なお、総所得金額の算定に必要な金額のうち、委託料以外の、事業所得の収入金額、原価、委託料以外の経費、雑収入、貸倒引当金繰延額、貸倒引当金繰入額及び青色申告控除額は、別表四の<2>、<5>、<8>欄に各記載のとおりである。)。

昭和五九年分 七五〇一万八四八七円

昭和六〇年分 六六九二万〇四二六円

昭和六一年分 三四三六万〇三七一円

(二) 納付すべき税額

原告の係争各年分の右総所得金額に基づく納付すべき税額は、別表一五のとおりの計算根基に基づき算出された、同表<6>欄記載のとおりの左記金額である。

昭和五九年分 三一五二万八〇〇〇円

昭和六〇年分 二二三六万八七〇〇円

昭和六一年分  四八五万一八〇〇円

7  原処分の適法性

以上によって、原告の申告にかかる本件委託料の額に基づいて算出された納付すべき税額と個別受託同業者倍率比準方式による正常な委託料の額に基づき引き直して算定された納付すべき税額とを比較し、その差額をみると次のとおりとなる(別表一ないし三、同一五参照)。

(昭和五九年分)

本件委託料の額に基づく場合 二〇三四万八七〇〇円

適正委託料の額に基づく場合 三一五二万八〇〇〇円

差引減少額         一一一七万九三〇〇円

(昭和六〇年分)

本件委託料の額に基づく場合 一二八四万六九〇〇円

適正委託料の額に基づく場合 二二三六万八七〇〇円

差引減少額          九五二万一八〇〇円

(昭和六一年分)

本件委託料の額に基づく場合 △二二七万三八七二円

適正委託料の額に基づく場合  四八五万一八〇〇円

差引減少額          七一二万五六七二円

(△印は還付される税額を示す。)

右に明らかなとおり、原告が、堂栄に本件委託料を支払うことにより、その所得税の負担を不当に減少させる結果(その減少額の適正委託料により本来納付すべきであった税額に対する比率は、三五ないし一四六パーセントにも達している。)となっており、被告が、本件において、所得税法一五七条の規定を適用したことが違法であるとは到底解されない。

そして、被告の本件更正にかかる原告の係争各年分の総所得金額及び納付すべき税額は、いずれも右適正委託料の額に基づく総所得金額及び納付すべき税額の範囲内にあるから(別表一ないし三、一四及び一五参照)、本件更正は適法であり、これに基づく各過少申告加算税賦課決定も適法である。

(裁判官 川本隆 川神裕 阿部哲茂)

別表一ないし一五<省略>

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